あわやまりあわやまり

詩

2020/12/15

「カラカラさんと角砂糖」

カラカラさんは
自分の中の一つの部屋が
空っぽなのだと言っていた
空っぽだから音はしないけど
本当に空っぽなのよ
と言う

 

そんなカラカラさんが
何故空っぽの部屋に気づいたか
聞いたことがあった

 

角砂糖かな

 

角砂糖、ですか?

 

そう

愛、みたいので出来てる
砂糖のかたまり
それがその部屋に

うっかり一瞬だけ入ったとき
カラカラ カラカラ
って音がしてね
ああ、そこには何もないんだ
って気づいたの

 

でも別に
不幸だとは思わないんだ
無いものが多いからって
不幸とは限らないじゃない
他の部屋には
豊かにあるものもあるしね

 

この人は笑顔が素敵だ
といつも思う

 

でも

と続けて彼女は言った

 

もしもう一度生きることができるなら

今度はその部屋だけでいいから

そこが豊かで色とりどりな人生を

歩んでみたいかも

 

 

(c) 2020 あわやまり

2020/11/11

「拍手する並木道」

ぼくの町の大きな並木道には

生と死がある

 

酒屋さんを過ぎると

産婦人科が左にあって

十分くらい歩くと

右に葬儀屋がある

 

どちらとも

僕に縁がある

 

ぼくはその産婦人科で生まれた

その時のことはもちろん覚えていないけれど

妹が生まれたのもその産婦人科だったので

その日の並木道のことをよく覚えている

 

赤ちゃんが生まれたぞー

みんなで祝おう

わーーーーー

と言って

木々がみんなで拍手をするように

葉っぱを揺らす

 

だからこの並木道を歩いていると

赤ちゃんが生まれた時

すぐ分かる

 

もうひとつの葬儀屋は

おじいちゃんの葬儀をしたところだ

ぼくは大切な人がいなくなるのが

初めてだった

 

その時並木道は

赤ちゃんが生まれた時とは違う

拍手をした

 

がんばって生きた!

 

静かめにそして

優しい感じに葉っぱを揺らて拍手をし

おじいちゃんを見送ってくれた

 

この並木道をずっと歩いていると思う

毎日(じゃない時もあるけれど)

赤ちゃんが生まれて

誰かがいなくなる

 

赤ちゃんが生まれることは喜びで

誰かがいなくなることは悲しみだ

それが一緒になっている

この並木道は

なんだか複雑だな

と思っていた

 

でもぼくも少し大きくなった

人はどこから来て

どこへ行くのか分からないけど

もしかしたら

産婦人科の前にも並木道があるように

葬儀屋の先にも並木道が続いているように

人もどこからかの続きでここへ生まれて

死んでからだがなくなっても

どんなふうかは分からないけれど

その先も続いて行くんじゃないかってこと

 

それはぼくが生きている世界でも

そうなんじゃないかなってこと

 

つまり

誰かがいなくなるってことも

それではいおしまい

ってことじゃなくて

なんていうか

続いて行くみたいに思う

 

ぼくは前より

この並木道が好きになった

でもまだ

大切な人がいなくなるのは

ずっと先であって欲しいと

願っているけど

 

 

 

(c) 2020 あわやまり

2020/09/26

「記憶クッキー」

初めて来た町を歩いていて

疲れきったところに

小さな洋菓子屋さんを見つける

今日はぐるぐると知らない道を歩き

足は痛いし腰も痛いし

くたくただ

 

丸いテーブルがふたつ

そのひとつに座った

紅茶しか頼んでいないのに

それを飲んでいると

パティシエらしいおじさんがやって来て

 

クッキー、よかったらどうぞ

とクッキーを二枚乗せた

小さなお皿を置いて行った

 

そのクッキーを

ひとくち、ふたくち食べ

一枚食べ終えると

何か忘れていることがあるように

思い始めた

もう一枚食べると

その思いは一層ふくらんで

何を忘れているのか

一生懸命考えるが

思い出せそうにない

 

紅茶もなくなって

あたりも暗くなってきて

お会計をしようとした時

焼き菓子のところに

「記憶クッキー」

と言うのが並んでいた

 

さっきのおじさんが

レジに立っていたので

 

あの、このクッキー

さっきいただいたのですか?

と聞くと

 

いや、あれはちょっと違うのです

まだ試作中のものでして

と微笑む

 

この、記憶クッキーって

どんな味ですか?

と聞くと

 

それはですね

全部食べ終えると

欲しい記憶が

自分の中に蘇るんです

生まれる、と言っても

いいかもしれません

つまり

本当に体験したことでも

そうでなくても

自分の中にね

 

そんなこと

あるんですか?

 

ええ

例えば、その記憶があるから

元気に

自信を持って

前を向いて

生きて行かれるようになる

みたいなことです

 

本当に?

 

本当かどうかは

どうぞご賞味ください

と微笑む

 

私は記憶クッキーを

一袋買った

 

その洋菓子屋さんの場所を

誰にも教えていない

何度かあの町に行っては

探したけれど

見つけられなかったのだ

私は今でもたまに

あの町に行っては探している

「記憶クッキー」を売っている

洋菓子屋さんを

 

 

(c) Mari Awaya 2019

2020/05/10

「風の強い日」

木々がめちゃくちゃダンスを踊るくらい

風の強い日

隣の隣に住む大男のシーツが

私の庭に飛んできた

 

青い小花柄のシーツ

と思ったら

シーツではなくて

大きなかっぽう着だった

 

シーツだと思ってしまうくらいに大きい

私はフローリングに広げて

私のシーツと比べてみたり

腕を通してみては

ひたすらその大きさにびっくりした

 

その後隣の隣へ行って

大男にかっぽう着を返した

少し話しをすると

このかっぽう着は

大男のお母さんが使っていたもので

こっちへ出てくるときに

お母さんからもらったのだという

大男はしきりに

ありがとうございますと

うれしそうに言った

 

家に帰る短い道すがら

大男と大男のお母さんのことを考えて

私もお母さんが恋しくなって

びゅうびゅういう風に向けて

おかぁさぁぁん

と言った

 

風は少し弱まって

またすぐにびゅうびゅういった

 

 

(c) 2012 あわやまり

→私家版詩集「あの星から見える、うちの明かり」より

2020/04/27

「ある執事の提案」

大きな地震が来たらどうしましょう

と不安がるお嬢様に

執事はこう言った

 

自信を持って言えますのは

ご自身では

地震を

どうすることもできません

ならば地震が起きたとして

そうですね

濁点がひとつ下に落ちると

じしんがしじん

詩でも書かれては

いかがでしょう

 

 

 

(c) 2009 あわやまり

2020/03/24

「意志」

新年明けたばかりの電車に乗る

 

規則正しくぶら下がるつり革は
そろってゆれる
電車がゆれるたび
同じにゆれる

 

その様を眺めていると
その中で何故か頑なに

ゆれていないつり革を見つけた

 

よく見ると
そのつり革は
口をへの字にして
何か言っている

 

ゆれるから
ゆらされるのは
ごめんだ
ぼくはぼくのみちをいく
ほかがよくみえても
ときに
こどくがつらくても

ここにいたって

みちはえらべる

 

誰も気がつかなくても
強く頑なに

ゆられない

孤高のつり革

 

 

 

(c) 2020 あわやまり

「秋美vol.32より」

2020/03/18

「カーテン」

わたしの部屋の窓の方から

ちいさな声で

できる

できない

できる

できない

と聞こえる

 

近づいてよく見ると

カーテンの花柄の

赤い花の花びらが

声に合わせて

ひらりひらりと落ちていく

どうやら花自身で

花占いしているみたいだ

 

何ができるの?できないの?

 

と聞くと

声と花びらはぴたっと止まった

 

もしかしたら他の花も

何を占っているのか知らないけれど

(わたしの恋とか仕事のことかも)

花占いをしているのかも

 

最近カーテンの花の色が

薄くなった感じがしていたのは

そのせいかな

 

 

 

(c) 2012 あわやまり

→詩画集「わたし、ぐるり」より

2020/03/04

「暗い道のひみつ」

・・・・・・・・・・(黄色い家の赤い車・作)

 

このあいだ僕は見てしまった

ちょうど日が暮れて

色んな家の色んな夕飯のにおいが

優しく皆の帰りを待っている頃

 

誰も通っていない道の

電信柱がこう

一回腰をかがめて

そうしてから

今度は反対にそって伸びをした

 

僕はとても驚いて

隣の家の寝ている車に

教えてやろうかと思ったけれども

確かによく考えてみると

電信柱だって四六時中ああやって

まっすぐ立っていなきゃならないのだから

たまに伸びをするくらい

してもいいものだと思った

 

この話がみんなの暇つぶし程度の噂になるのは

ちっともいい気分がしなくて

僕は誰にも言わないことに心に決めて

じっとしていた

その電信柱はすでに

僕よりもじっとしているようだった

 

 

(c)2004 あわやまり

「へその中の話たち -冷たい風が運んだ話-」

2020/02/09

「シルシルとみかこさん」

黄緑の細い草の

小さいぼんぼんのような

ひげのシルシルが

道端で何匹かうろうろしている

最近よくシルシルを見かけるけれど

今年になって初めて出会った

 

どこいったの

どこいったの

どこいけばいいの

どこいけばいいの

どうしたらいいの

どうしたらいいの

 

みんなで反復する

 

どうしたの?

とかがんで話しかけたら

その中でも動きの遅い子が

 

どこいけばいいか

わからないの わからないの

 

迷子なの?

と聞くと

 

まいごって なあに?

と言うので

 

えっと

一緒にいた人とはぐれてしまったり

行く道が分からなくなることかな

 

まいごだ

ぼくたちまいご

ずっとついてきたひとが

どこにいるかわからない

そのひと

どこにいけばいいか わからない

どうすればいいか わからない

そういってた

 

じゃあ、その人も

迷子になっちゃったのかな

そう言うと

 

まいご どうすればいいの?

どうすれば いいの?

と聞くので

 

その人ってどんな人なの?

と聞くと

 

ミカコさん

いいにおい

おーえる

コンカツしてる

 

わたしは困ってしまって

 

そうか、どうしようね

とりあえずうちの庭に来る?

と聞くと

 

みかんのき ある?

と言うので

 

ないけど、みかんあるよ

と返すと

 

じゃあ いくいく

みんな このひと

みかんあるって

いこう いこう

 

そしてひげのシルシルたちは

ぞろぞろとわたしの庭にやって来た

ミカコさんがどこに行ったかは

分からないまま

 

 

 

(c) 2014 あわやまり

→詩集「夜になると、ぽこぽこと」より

2020/02/02

「噴水に住む妖精」

水の薄い膜を作って流れる

公園の噴水

晴れた日には

虹が見えることもある

 

その中に住んでいる妖精は

ちいさくて美しい

 

彼女は噴水の中から見る景色

ぼやけてよく見えない

でもなんだか

きれいに見えるものたちを

現実だと思っていて

噴水が止まって

そこから出て見る世界は

夢だと思っている

 

だから人間も

夢の中の生き物だと思っていて

いつもベンチで本を読んでいる彼のことも

逢えない人に恋をしてしまったのだと

思い込んで悲しんでいる

 

 

 

(c) 2011 あわやまり

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