あわやまりあわやまり

詩

2019/12/27

「冬の青空」

雲ひとつなく澄んだ青空の下の

長い上り坂の一番上にある

大きな家に住んでいるおじいさんの

空を見上げる目は澄んでいて

青空の向こうを見ている

 

 

 

(c) 2014 あわやまり

2019/12/22

「大きくなったね」

子どもが

大きくなることの

なんて早いことだろう

こないだ

小学生だった親戚の子が

もう大学四年生

すっかり大人の女性になっていた

 

大きくなったね!

つい、言ってしまう

わたしもかつて

よく言われたなあと思い出す

 

大きくなったね

もうそんなになったの!

驚きに満ちた声で

 

その度

どうして大人は

おんなじことばっかり言うんだろう

と思っていた

 

でも間違いなく言えることは

大きくなったね

と言う言葉には

よくがんばって大きくなったね

元気でいてくれて嬉しいよ

なんてことが

きっと

込められていると言うこと

 

だからどうか

子どものみなさん

もう十分大きくても

誰かの子どもであるみなさん

大きくなったね

もうそんなになったの!

と言われても

またか

と思わずに

はい、こんなに大きくなりました

なんて誇らしく

思ってくださいね

 

そうして元気に生きていてくれること

それが喜びでもあり

願いでもあります

 

 

 

(c) 2018 あわやまり

2019/11/06

「色とりどりの糸」

洋服のお直し屋さんに

たくさんの色の糸が

グラデーションになって

きれいに並んでいる

 

色がいっぱいあるのは

いいな

いろんな色の服が直せる

 

人生もきっとそうだな

いろんな思いをした方が

糸の色が増えて

こころの

ほつれたのや

やぶれたのを

治すことができる

 

どんな色でも

ゆっくり 時間で

糸を巻くようにして

私の中のすみっこに

置いておいて

そしてまた いつか

やぶれたりした時に

今度はそれを治すのを

手伝ってくれる

 

 

(c) 2009 あわやまり

詩集「ぼくはぼっちです」より

2019/10/09

「おみやげ」

たとえば

抽象的な絵

これはなんとかで

これはなんとか

ってせつめいしてくれる

 

たとえば

ちいさな石

ほら、おまめみたいに

みえるでしょ

ってじまんげ

 

たとえば

ずんぐりしたどんぐり

これね、なかに

むしがはいってるかもしれないから

きをつけてね

ってちゅういする

 

ちいさな手ににぎってくる

きみのおみやげは

毎日の中のたからもの

いつか忘れてしまっても

振り返れば ほら

目印にしてきたキレイな石みたいに

きらきらしているよ

 

 

(c) 2019 あわやまり

詩集「線香花火のさきっぽ」より

2019/09/29

「第六公園」

わたしの家に一番近い

第六公園には

ぞうとパンダの遊具があって

子どもの頃よくそれに乗って遊んだ

二頭は公園の入り口に向かって立っている

だから公園の前を通れば

いつも目が合う

 

わたしが中学生になっても

高校生になっても

雨の日でも雪の日でも

ぞうとパンダは公園にいた

たくさんの子どもたちの友達だった

 

思い出たちは

ぞうとパンダのように

わたしの中の隅っこで

いつもこちらを見ている

わたしが見ると目があって

あの頃の第六公園が現れる

 

そこにいたおばあちゃん

まだ若かった父と母

幼かったわたしと姉

砂場で作ったお団子

水飲み場で飲んだ水の冷たさ

こわくてのぼれなかったジャングルジム

ベンチの上の藤の花

つないで帰った手のぬくもり

 

 

(c) 2019 あわやまり

2019/07/07

「もう糸は結ばれた」

誰にも必要とされていない

と思うとき

どこかで誰かが

誰かを心から愛したい

と願っている

 

その想いだけは

風に乗って行って

空で手を握り合って

よし、私たち

きっといつか会おう

なんて約束している

きっとね

 

 

(c) Mari Awaya 2019

2019/06/27

「もしかしたら」

わたしたちは

あらゆる感情というものを

生まれる前から知っている

けれど

この世に生まれるときに

それをすべて忘れてしまう

 

だから

生きながら

いろいろな感情を持ち

もう一度

知っていくのかもしれない

 

つまり

こんな感情を

抱いたことが

はじめてなのに

せつないほど

くるしいほど

なつかしいのは

そういうことなんじゃ

ないだろうか

 

 

(c) Mari Awaya

私家版「夜になると、ぽこぽこと」より

2019/03/19

「着陸」

着陸しようとする飛行機
ノイズの混じった
画面に映し出される
滑走路

 

そこに向けて
まっすぐ
降り立とうと
高度を下げていく

 

きっと
わたしが生まれてくるときも
こんな感じに
どこからか
なにかを、目印に
なにか、使命を持って

確かに
この世界に
降り立ったのだと思う

 

 

(c) Mari Awaya 2019

秋美Vol31より

2018/06/08

「えんぴつを削る」

昔はえんぴつを

ナイフやカッターで削った

「えんぴつ削り」はもうあったけれど

わたしでさえ

学校でそれを習った

 

父さんや母さんは

小学生の頃とか

学校から帰ってきて

明日の準備で

えんぴつをナイフみたいなもので

削っていたに違いない

 

自分が誰かの

父さんや母さんになるなんてこと

まだ考えもしないで

遊んでいた頃

 

父さんはぶきっちょだから

きっとえんぴつも

きれいには削れなかっただろう

母さんは器用だから

きれいに削ったと思う

それは見られなくてもいいけれど

明日使うえんぴつを削りながら

そのときの父さんと母さんが

どんなことをを思っていたか

ちょっと知りたいと思う

 

 

(c) Mari Awaya 2018

2018/03/31

「桜」

桜の花が咲くのをみたい

うすい桃色の花がきれいに咲いて

ちらちら散ってゆくのも美しい

 

桜の花をこれから何回もみたい

毎年同じように咲いてくれて

私の心をはじけるように明るく

微笑ませてくれる

 

だけれど桜の花をみるのには

夏がきて

秋がきて

冬がきて

それからやっと

春だぁと思うように

いつでも季節を順番にまってから

みられるのがいい

 

それぞれの季節をすごしてから

今年もやっと会えましたねと

思うのがいい

 

 

 

(c) Mari Awaya

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