あわやまりあわやまり

詩

2020/02/29

「私の立つところには私だけ」

自分のつらさが

苦しみが

分かってもらえていない

と思うとき

それも当然だ、と

割り切ることも

必要なのかもしれない

 

だって世の中に

本当の意味で

同じ立場の人なんて

いない

 

一見似ているようで

分かり合えそうだけれど

根っこが違ったり

根っこは同じだけれど

今吹いている風は違ったりする

 

そう思っても

どうしてか

やっぱりすこしでも

分かってもらいたい

と思ってしまうのは

弱さなのか

それとも

愛が欲しいだけなのか

 

 

 

(c) 2020 あわやまり

秋美vol.32より

2020/02/19

「水曜の睡魔」

水曜の夜は

なぜだか分からないけれど

八時くらいに眠くなる

そして眠ってしまう

 

もしかしたら水曜の夜には

知らない方がいい

なにかしらの事柄があって

(十時頃に悪魔の子どもが尋ねてくる、とか

可愛がっている近所の犬が狼に変身する、とか

部屋中にグリンピースがわいてくる、とか)

私はそれを第六感でキャッチして

自ら眠る体勢に

持っていっているのかもしれない

 

知らない方がいいことは

この世にいくつかある

 

 

 

(c) 2008 あわやまり

 

2020/02/11

「四十五分の穴」

愛するわんこが穴を掘って

その中に入っていった

そしてもう二度と戻って来なかった

その穴は

横にした時計の中心に私がいると考えて

四十五分の位置だとしよう

 

私はしばらくはずっと

四十五分の穴ばかり見て暮らした

ずっと見ていても穴は動くわけがなくて

更にはわんこが顔を出すこともない

もう戻ってこないことを

分かっているからこそ

悲しくて悲しくてどうしようもない

どうしようもないけど

どうにもならない

 

どうにもならないことって

世の中にはたくさんある

 

深いため息をひとつ

こんな気持ちはもうたくさん

思い切って四十五分でない方向を

向こうかとも思った

けれども他の方を向いたからといって

四十五分の穴がなくなるわけでは勿論ない

その穴は多分ずっと変わらない

そこに何か他のものが住み着くなんて事も

ありえない

だから例えば

今度は十五分にいる子猫に夢中になっても

四十五分の穴の存在は一生変わらない

 

唯一変わっていくのは

私が立っている位置なのだろう

そこは確実に、良くも悪くも止まらずに

ほんの少しずつ上へ上へと動いて行く

だから日に日に

少しずつだけれど

四十五分の穴が遠くなっていく

だんだん霞んで見えなくなる

ずっと見つめているのもつらい

だけど薄れていくのも悲しい

 

でも確実言えることは

わんこの掘った穴は絶対になくならない

それは

わんこがいた、ということも

絶対になくならないと言うこと

 

 

 

(c) 2020 あわやまり

2020/02/08

「なにげないこと」

日常の

なにげないことを

ふっと話し合えたりするのは

結構、馬鹿にならない

それがあるだけで

心が救われたりするのだから

 

だから逆に

それがないと

致命傷ってわけでもないのだけど

息が少し苦しいような感じになる

死ぬほど

ではないんだけど

 

 

 

(c) 2020 あわやまり

2020/01/05

「終わりと始まり」

終わりの後には

なにかしらの始まりがあって

始まりの後には

遅いか早いか分からないけれど

終わりがある

数え切れないそれらを

一生のうちに何度も繰り返して

生きている

 

そしてだんだん

慣れてしまうのかもしれない

小さな終わりには

気づかず

静かな始まりも

見過ごしてしまう

そうしないと

生きていかれないことだってあるけれど

 

やっと今

少しわかるのは

終わりは悲しいばかりではない

ということだ

その後に、ほとんど絶対

始まりがくるのは決まっている

それが来て欲しいものかどうか

分からないけれど

そうやってこの世界は

ずっと続いて来た

この星が生まれてから

ずっと

 

 

(c) 2019 あわやまり

2020/01/03

「風と糸と凧」

各駅停車の電車が止まった駅で

川辺をながめる

凧あげをしている

 

強すぎない風をうけて

遠い地上と細い糸でつながりながら

あんなに高く飛んでいる

 

風も糸も大切だけれど

凧自身がなければ

あんなに高く

飛べはしない

 

それはなにかに

似ているような気がして

考えようとしたら

電車は動き出した

 

 

 

(c) 2014 あわやまり

2019/12/15

「あのひとの人生」

人はしばしば
あのひとは幸せだったのだろうか
なんて
もう本人に聞けないことを
考えたりする

 

もしその答えが
天国から送られてくる
なんて仕組みになっていたら
どうだろう

 

しかもそれが
幸せでなかった
だとしたら
私たちは更なる後悔を
背負うことになるだけだ

 

だから
残されたものたちは
想像するくらいしか出来ないことが
この世の

うまくできた仕組みなんだと思う

 

 

(c) 2019 あわやまり

2019/12/11

「本物」

作りもの
の中に
本物のようなもの

を感じ
現実
の中のそれは
当たり前ではあるけれど
思い描いていたものとは
かけ離れていて
それは当然
本物なのだけど
作りもの
あるいは
夢の中のもの

が本物みたいに

に思えるのは
何故だろう

 

 

(c) 2019 あわやまり

2019/12/08

「少年の明日」

インドのカルカッタの駅で

目だけは深く澄んで

きらきらしている少年が

明日を探している

 

通り過ぎる

忙しそうに働く人々がくれるのか

旅行に来た

外国の人たちがくれるのか

信じているのか分からない

神か仏がくれるのか

 

少年の明日は

どこに行ったらあるのか

 

こんなに貧しさと豊かさの差があって

こんなに自分は何も持ってなくて

こんなにたくさんの人がいる国で

1年に8万人の子供が行方不明になる国で

 

どうして、と

問うことも出来ないまま

ひたすらに明日を探している

 

 

(c) 2018 あわやまり

2018年「秋美vol.30」より

2019/12/07

「ほんとうの友達」

前に知り合いの人が

「環境がつくりだした友達」

という言葉を使った

 

学校や会社

アルバイトに習い事

その場にいるから友達だけれど

その場がなくなると

会わなくなるような人のことだ

 

大人になれば

そういう人が今までに

たくさんいたなぁと思い返す

その人たちも

人生の限られた間だったけれど

その時はとても大切だったよ

ありがとう、元気でいてねって

心の中で、思っている

 

そして

今も仲良くしている友達は

大切な宝のような

ほんとうの友達だから

これからもどうぞよろしく

いつもありがとう、って

直接会って、言いたい

 

 

 

(c) 2018 あわやまり

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