あわやまりあわやまり

詩

2021/10/09

「光るごま」

寝入ろうとすると
胸のあたりに
かすかな違和感を感じる

ほんの小さな
ごま一粒ほどの違和感

横になると
胸のあたりが光り
部屋が明るくなって
眩しいほど

胸のあたりにいる
ごまに聞いてみる

なぜそんなに光るの?

するとごまは
胸のあたりから応える

おさまらないんでさぁ
どうにもこうにも
ふにおちないし
おさまらないんでさぁ

何が?
何がおさまらないの?

おらにはわからないんでさぁ
だからこうして光るんでさぁ

うんでも
ちょっと明るくて
眠れないんだけど

するとごまは少し間を置いて
言った

どうしたらいいか
わからんのでさぁ
なにをこわがっているのか
しってるんじゃないかいねぇ

こわがる?

きっと
あなたもわからんから
おらはこうして
光るしかないんだねぇ

そうやって
光るごまが現れる夜は
決まって
一睡もできない

今では
きっとこれにも
わけがあるんだろうと思って
煌々と光る部屋の中
本を読むことにしている

眠れなくて
困った夜だとしても
胸のあたりから光るので
本を読むには
ちょうどいい

 
 
(c) Mari Awaya 2021

2021/08/16

「傘」

仕事の帰り
持ってきた大きな傘を
今日一度も
開かなかったことに
気がついた

 

無意識に持っていたから
持っているのも
忘れていたほど

 

けれど
忘れて帰ってこなかったのは
その傘が大事だからだ
この大きな傘は
ちょうどよく大きくて
とても使いやすい

 

ずっと大事なんだけど
まだひらいていない
持っているのも
忘れそうな
わたしの中にある
一本の傘が
すこし
震えたようだった

 

 

(c) Mari Awaya 2021

2021/06/06

「煙の言葉」

お線香を炊いたら
煙の様が美しくて
つい
見とれる
 
す〜と曲線を描いたり
くるくるっとなったり
もしゃもしゃっとなったり
なんだか
誰かの声を
表しているよう
 
もう
ここにいない人が
なにか
一生懸命
話しかけてくれているように

 
 

(c) 2021 あわやまり

2021/06/02

「鼻うがい」

ひとかけらの
どよんとしたものが
心に居座っているとき
わたしは
鼻うがいをする

鼻うがいは
はっきり言って
上手く出来ない

左の鼻の穴から水を入れても
右の穴から出てくることはなく
結果
ブシューという感じで
入れた方の穴から
吹き出される

それがいいのだ

それを何回も繰り返すと
だんだん
可笑しくなってくるし
ひとかけらの
どよんとしたものも
一緒に
出ていったような気になる

だから
鼻うがいは
ずっと上手くならない方がいい

 

 

 

(c) 2021 あわやまり

2021/02/22

「トリセツコさんと家ごもり」

正直言うと

少し安心してる

不謹慎だとは思うけど

と言うと

トリセツコさんは

 

だろうと思った

と言った

 

トリセツコさんと私は

ほとんどずっと一緒にいる

もう何年になるだろうか

 

トリセツコさんは

私の部屋のカーテンにいる鳥で

私のことをよく理解してくれている

唯一の話し相手だ

 

私はほとんど外へ出ない

一番近いコンビニには行けるけれど

昼夜逆転の日も多く

起きているときはテレビや映画を観たり

本や漫画を読んだりしている

 

大学生の頃

満員電車で通学していた私は

ある日突然

パニック発作に襲われた

本当に死ぬと思った

それから怖くて電車に乗れなくなった

電車以外にもバスやエレベーター

映画館の通路側じゃない席など

だめな場所が増えた

自分がすぐ逃げられるところでないと

だめなのだ

しかも逃げられるからと言って

パニックが起きないわけではない

 

そもそもどうして自分が

パニック障害になってしまったのか

全然分からなかった

学校生活は順調だったし

将来やりたいことも色々あった

人の役に立つ仕事がしたい

そんな風に思っていた

 

けれど今の私は

人の役に立つどころか

社会や家族のお荷物だ

 

トリセツコさんは

家にこもるようになり

しばらくしてしゃべるようになった

 

それ面白いの?

 

それが彼女の初めての言葉で

私が観ているドラマについて聞いてきた

私がドラマの魅力を教えてあげると

 

へえ〜、それは面白そうね

続きはまだあるの?

 

そう言って一緒にドラマや映画を観て

悩んでいることを話すようになった

彼女にはなんでも話せる

 

今世界中の人が

家にこもっている

ウイルスから命を守るためだ

みんなが家にいる

もちろん私とは違う理由だとしても

許されているように思う

 

許されている、ね

一体あなたは誰に許されたいの?

 

わかんないよ

全体的に、社会とか世の中とか

 

そうか

じゃああなたは

もし自分が外へ出て生活している人で

あなたのようにこもっている人がいたら

許さないの?

 

それは、許すとかじゃないよ

その人にだって事情があるわけだし

 

そうでしょう?

誰にも

許される必要なんてないと思うけど

きっと

あなたがあなたを、許せていないのよね

 

そうなんだろうね

わかってるよ

でもこんな状況で

これでいいや

って思える人なんているかな

 

いないでしょうね

みんな自分を責めているんだと思うわ

でも私は少なくとも

あなたを責める気にはなれないわ

 

どうして?

 

だって、あなた頑張ってるじゃない

いつも病気のこと調べたり

良いって言うものはすぐ試したり

でも外へ行くと具合が悪くなって

真っ白い顔で帰ってきて寝込んだり

ひとりで戦っているんだもの

 

少し開けた窓から風が入ってきて

カーテンが膨れる

 

私はずっとここにいるわよ

何も出来ないけどね

でもあなたはこれから

何かを出来るようになる可能性が

大いにある

きっと良いきっかけを見つけられるわよ

何事も、ひとつずつよ

まあ今は家にいないと、だけどね

 

私はかろうじて

うん

と言った

 

また春の風が入ってきて

部屋に掛けてあるカレンダーを

ひらっとめくった

 

外へ出られていた時は

カレンダーに
目標の日や楽しみな予定を書き込んで
それに向けて

努力したりワクワクしたりしていた
今は何も書いていないけれど

またカレンダーに書けることが出来るといい

 

カレンダーがあと何枚かめくれたら

または

新しいカレンダーになったら

いつかきっと

近いうちに

 

(c) 2021 あわやまり

「秋美vol.33」より

詩集「記憶クッキー」→

2021/02/20

「それは数えられないほどたくさん」

どのくらい

このマグカップで飲んだだろう

目を覚ますためのコーヒー

一息つくための大好きなお茶を

 

どのくらい

このソファに座っただろう

眠くて力が入らない体を

ゆったりする時間を

支えてもらっただろう

 

どのくらい

このドアを開けただろう

ワクワクして出かける時も

憂鬱で行きたくない時も

 

どのくらい

ここで

いってらっしゃいと

おかえりを

言ってもらっただろう

 

その言葉は時にお守りで

灯台の明かりのようだった

 

 

(c) 2021 あわやまり

「秋美vol.33」より

2021/01/05

「新年の1」

紙に印刷してあった

明朝体の1が

トコトコと歩き出して

どこへ行くのかと思ったら

その飛び出た1の先っぽで

わたしの「やりたいことスイッチ」を

押したのだった

 

ああよかった

この1がゴシック体じゃなくて

ああよかった

この1が「やりたいことスイッチ」の場所を

知っていて

 

そしてわたしはスタートすることが出来る

1を忘れずに

1つずつ

 

 

 

(c) 2021 あわやまり

2020/12/15

「カクさんと空っぽの部屋」

カクさんは
自分の中の一つの部屋が
空っぽなのだと言っていた

 

空っぽだから音はしないけど
本当に空っぽなのよ
と言う

 

カクさんが何故
空っぽの部屋に気がついたか
聞いたことがあった

 

こんぺいとうかな

 

こんぺいとう、ですか?

 

そう
愛、みたいので出来ている
砂糖のかたまり
それがその部屋に
うっかり一瞬だけ入ったとき
カラカラカラ
って音がしてね
ああ、そこには何もないんだ
って気がついたの

 

じゃあ私も知らないだけで
空っぽの部屋いっぱいありそう
と私が言うと

 

彼女はやんわり微笑んで

 

でも別に
不幸だとは思わないんだ
無いものが多いからって
不幸だとは限らないじゃない
他の部屋には
豊かにあるものもあるしね

 

彼女の笑顔は素敵だ
といつも思う

 

でも
と続けて彼女は言った

 

もしもう一度
生きることができるなら
その時は

その部屋だけでいいから
そこが豊かで色とりどりな人生を
歩んでみたいかも

 

 

(c) 2020 あわやまり

 

詩集「記憶クッキー」はこちらから→

2020/11/11

「拍手する並木道」

ぼくの町の大きな並木道には

生と死がある

 

酒屋さんを過ぎると

産婦人科が左にあって

十分くらい歩くと

右に葬儀屋がある

 

どちらとも

僕に縁がある

 

ぼくはその産婦人科で生まれた

その時のことはもちろん覚えていないけれど

妹が生まれたのもその産婦人科だったので

その日の並木道のことをよく覚えている

 

赤ちゃんが生まれたぞー

みんなで祝おう

わーーーーー

と言って

木々がみんなで拍手をするように

葉っぱを揺らす

 

だからこの並木道を歩いていると

赤ちゃんが生まれた時

すぐ分かる

 

もうひとつの葬儀屋は

おじいちゃんの葬儀をしたところだ

ぼくは大切な人がいなくなるのが

初めてだった

 

その時並木道は

赤ちゃんが生まれた時とは違う

拍手をした

 

がんばって生きた!

 

静かめにそして

優しい感じに葉っぱを揺らて拍手をし

おじいちゃんを見送ってくれた

 

この並木道をずっと歩いていると思う

毎日(じゃない時もあるけれど)

赤ちゃんが生まれて

誰かがいなくなる

 

赤ちゃんが生まれることは喜びで

誰かがいなくなることは悲しみだ

それが一緒になっている

この並木道は

なんだか複雑だな

と思っていた

 

でもぼくも少し大きくなった

人はどこから来て

どこへ行くのか分からないけど

もしかしたら

産婦人科の前にも並木道があるように

葬儀屋の先にも並木道が続いているように

人もどこからかの続きでここへ生まれて

死んでからだがなくなっても

どんなふうかは分からないけれど

その先も続いて行くんじゃないかってこと

 

それはぼくが生きている世界でも

そうなんじゃないかなってこと

 

つまり

誰かがいなくなるってことも

それではいおしまい

ってことじゃなくて

なんていうか

続いて行くみたいに思う

 

ぼくは前より

この並木道が好きになった

でもまだ

大切な人がいなくなるのは

ずっと先であって欲しいと

願っているけど

 

 

 

(c) 2020 あわやまり

2020/09/26

「記憶クッキー」

初めて来た町を歩いていて

疲れきったところに

小さな洋菓子屋さんを見つける

今日はぐるぐると知らない道を歩き

足は痛いし腰も痛い

 

テラスに丸いテーブルがふたつ

そのひとつに座った

紅茶しか頼んでいないのに

それを飲んでいると

パティシエらしいおじさんがやって来て

 

クッキー、よかったらどうぞ

とクッキーを二枚乗せた

小さなお皿を置いて行った

 

そのクッキーを

ひとくち、ふたくち食べ

一枚食べ終えると

何か忘れていることがあるように

思い始めた

もう一枚食べると

その思いは一層ふくらんで

何を忘れているのか

一生懸命考えるが

思い出せそうにない

 

紅茶もなくなり

あたりも暗くなってきて

お会計をしようとした時

焼き菓子の棚に

「記憶クッキー」

というのが並んでいた

 

さっきのおじさんが

レジに立っていたので

 

あの、このクッキー

さっきいただいたのですか?

と聞くと

 

いや、あれはちょっと違うのです

まだ試作中のものでして

と微笑む

 

この、記憶クッキーって

どんな味ですか?

と聞くと

 

それはですね

全部食べ終えると

欲しい記憶が

自分の中に蘇るんです

生まれる、と言っても

いいかもしれません

つまり

本当に体験したことでも

そうでなくても

自分の中にね

 

そんなこと

あるんですか?

 

ええ

例えば、その記憶があるから

元気に

自信を持って

前を向いて

生きて行けるようになる

みたいなね

 

本当に?

 

本当かどうかは

どうぞご賞味ください

と微笑む

 

私は記憶クッキーを

一袋買った

 

その洋菓子屋さんの場所を

誰にも教えていない

何度かあの町に行っては

探したのだけれど

見つけられなかったのだ

私は今でも

あの町に行っては探している

「記憶クッキー」を売っている

洋菓子屋さんを

 

 

(c) Mari Awaya 2019

 

詩集「記憶クッキー」はこちらから→

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