あわやまりあわやまり

詩

2019/12/22

「大きくなったね」

子どもが

大きくなることの

なんて早いことだろう

こないだ

小学生だった親戚の子が

もう大学四年生

すっかり大人の女性になっていた

 

大きくなったね!

つい、言ってしまう

わたしもかつて

よく言われたなあと思い出す

 

大きくなったね

もうそんなになったの!

驚きに満ちた声で

 

その度

どうして大人は

おんなじことばっかり言うんだろう

と思っていた

 

でも間違いなく言えることは

大きくなったね

と言う言葉には

よくがんばって大きくなったね

元気でいてくれて嬉しいよ

なんてことが

きっと

込められていると言うこと

 

だからどうか

子どものみなさん

もう十分大きくても

誰かの子どもであるみなさん

大きくなったね

もうそんなになったの!

と言われても

またか

と思わずに

はい、こんなに大きくなりました

なんて誇らしく

思ってくださいね

 

そうして元気に生きていてくれること

それが喜びでもあり

願いでもあります

 

 

 

(c) 2018 あわやまり

2019/12/20

「無条件のぬくもり」

ひとりぼっちで部屋にいて

小さな声で

言ってみる

 

おーい、だれかぁ

おーい、だれかぁ

 

それは母親か

恋人か

それとも

私の赤ん坊か

分からないけれど

私はだれかに

抱きしめて欲しいらしかった

赤ん坊なら

私が抱きしめることになるけれど

 

無条件の愛のような

そんなぬくもりを

欲していたのだと思う

それはもう簡単には

得られないのを分かっていて

 

 

(c) 2017 あわやまり

2017年春号「夢ぽけっと」より

2019/12/17

「涙プリンセスとヒラメ係長」

駅の中央改札を出たら

声をかけられた

振り返っても 誰もいない

 

こっちです

と下から声がする

下を見ると ヒラメがいた

 

あなたを今年の

「涙プリンセス」に決定しました

つきましては広報誌に載せたいので

インタビューをよろしいですか?

 

わたしはびっくりして

でもまず しゃがんで

 

えっと、すみません

なんですか?「涙プリンセス」って?

 

するとヒラメは

まばたきを一つして

ええ、わたくしどもは

この駅のホームで

お客様がこぼされるため息や

おとされる涙を

人知れず食べているのです

年々わたくしどもが増やされているのには

ため息や涙が増えてきているから

なんですね

あ、ちなみにわたくしは

下りのホームをまとめています

ヒラメ係長です

 

とヒラメは言う

 

それで…

 

とわたしが解せない顔をしていると

 

あ、失礼しました

それで今年から

何か楽しいことに役立てたいと

この沿線の会社からのお達しで

この一年で一番たくさん

ため息をこぼした「ため息キング」

涙をおとした「涙プリンセス」

を探して表彰し

広報誌にもコメントをいただこうかと

 

わたしはあきれて

 

そんなのいやです

それ嬉しくないですよ

表彰されても

失礼します

 

わたしが立ち去ろうとすると

 

ああ、すみません

ちょっとお待ちを

 

ヒラメは水もないのに

す〜 と近づいてくる

写真やお名前などは載せません

一言だけでも

もう決まったことゆえ

上がうるさくて

「ため息キング」はくださいましたよ

 

わたしは立ち止まって聞く

 

ため息さんはなんて?

 

「ため息をつくのは、駅だけと決めています。キングになれて複雑な気分です。来年はもっと明るい賞を作った方がいいですよ」

 

ほら、やっぱり

変ですよこんなの

とわたしが言うと

 

でもわたくしが決めたことではなく

わたくしも日ごろは

ため息と涙を食べている

しがないヒラメなんです

 

と言い返され

ヒラメの上下関係なんかを思ったら

少しかわいそうになり

ふーっと息を吐いてから一気にしゃべった

 

「プリンセスになったのは初めてですが、駅で泣くとすっきりして家に帰れます」

これでいい?

 

ヒラメ係長は

ありがとうございました

あの〜、それで

お名前などはもちろん載せませんが

何かニックネームのようなものを

お願いしたいのですが

 

勢いがついたわたしは少し考えて

 

「なにもかもが蜃気楼」

 

と答える

 

結構でございます

お時間をとらせてすみませんでした

広報誌と賞状は改めてお渡しします

では

 

と言ってヒラメ係長は

す〜 と急ぎ気味に

わたしから離れて行った

 

バスロータリーに向かいながら

はじめての 涙プリンセス 蜃気楼に泣く

とつぶやいた

 

 

(c) 2010 あわやまり

→詩集「今日、隣にいたひと」より

2019/12/15

「あのひとの人生」

人はしばしば
あのひとは幸せだったのだろうか
なんて
もう本人に聞けないことを
考えたりする

 

もしその答えが
天国から送られてくる
なんて仕組みになっていたら
どうだろう

 

しかもそれが
幸せでなかった
だとしたら
私たちは更なる後悔を
背負うことになるだけだ

 

だから
残されたものたちは
想像するくらいしか出来ないことが
この世の

うまくできた仕組みなんだと思う

 

 

(c) 2019 あわやまり

2019/12/11

「本物」

作りもの
の中に
本物のようなもの

を感じ
現実
の中のそれは
当たり前ではあるけれど
思い描いていたものとは
かけ離れていて
それは当然
本物なのだけど
作りもの
あるいは
夢の中のもの

が本物みたいに

に思えるのは
何故だろう

 

 

(c) 2019 あわやまり

2019/12/10

「そのスープの外へ」

学校の先生や家族の前では笑わなきゃ

喉の奥がつまるようなこの苦しさは

知られちゃいけないって

がんばっているあなたへ

 

まず 今あなたがいる

そのスープの中から出ておいで

それから

だいぶ疲れてしまっただろうから

安心できる温かいお茶の中で

ゆっくり休もう

それで 元気になったら

他のお皿をのぞいたり

違うテーブルに行ってみたりしよう

 

そこにも世界はあるから

今いるスープの中だけが

世界の全部じゃない

あなたが生きるべき場所の

全てじゃない

 

居心地のいいテーブルを見つけたり

あなたの良さを活かして

美味しいスープをつくることもできる

まずいスープしか知らないで

終わりにしてしまうのは

もったいない

 

テーブルは いくつもある

スープも たくさんある

あなたに合ったスープが

広い世界に 絶対ある

 

 

 

(c) 2007 あわやまり

「一編の詩があなたを強く抱きしめる時がある」(PHP研究所)

「ぼくはぼっちです」(たんぽぽ出版、現在あわやまりオンラインショップで販売↓)

「子どもと一緒に命をみつめる詩」(たんぽぽ出版)より

2019/12/08

「少年の明日」

インドのカルカッタの駅で

目だけは深く澄んで

きらきらしている少年が

明日を探している

 

通り過ぎる

忙しそうに働く人々がくれるのか

旅行に来た

外国の人たちがくれるのか

信じているのか分からない

神か仏がくれるのか

 

少年の明日は

どこに行ったらあるのか

 

こんなに貧しさと豊かさの差があって

こんなに自分は何も持ってなくて

こんなにたくさんの人がいる国で

1年に8万人の子供が行方不明になる国で

 

どうして、と

問うことも出来ないまま

ひたすらに明日を探している

 

 

(c) 2018 あわやまり

2018年「秋美vol.30」より

2019/12/07

「ほんとうの友達」

前に知り合いの人が

「環境がつくりだした友達」

という言葉を使った

 

学校や会社

アルバイトに習い事

その場にいるから友達だけれど

その場がなくなると

会わなくなるような人のことだ

 

大人になれば

そういう人が今までに

たくさんいたなぁと思い返す

その人たちも

人生の限られた間だったけれど

その時はとても大切だったよ

ありがとう、元気でいてねって

心の中で、思っている

 

そして

今も仲良くしている友達は

大切な宝のような

ほんとうの友達だから

これからもどうぞよろしく

いつもありがとう、って

直接会って、言いたい

 

 

 

(c) 2018 あわやまり

2019/12/04

「のび」

のびはうらやましかった

 

ぼくは人が伸びをしたときに

出てくる

それは寝起きの

まだ眠たい伸び

ずっとパソコンで仕事

肩が凝ったときの伸び

 

ぼくが双子なら

だいぶ違ったのに

 

のびのび

 

自由でゆったりとした

こころの、からだの

環境の状態

 

のびのび のびのび

 

ぼくも相方を見つけて

人のこころを

ぐーんと広く

してみたいもんだな

 

 

(c) 2012 あわやまり

2019/11/30

「虹の石」

小学校のころ

時々出店のおじさんがやって来た

小学校の前の坂を下ったところに

台の上に魅力的な品々を並べて

下校してくる生徒を待っているのだ

 

めんこ

スーパーボール

煙がでるカード

階段を勝手に降りるバネ

 

小学生の私達にとっては

どれも魅力的だった

 

中でも私がとりわけ魅了されたのは

クリスタルだった

太陽にかざすと七色に光って

虹を自分ひとりのものにできる気がした

 

その虹の石が

どうしても欲しかった

けれども私の家は小学校から

子どもの足で片道三十分

帰っておばあちゃんにおねだりしても

小学生には高い買いものに

なかなかいいよと言われず

やっとおこずかいをもらえて

三十分かけて小学校に戻ると

出店のおじさんはもういないのだった

 

毎回そんなことの繰り返し

結局虹の石を手に入れることはできなかった

 

でも手に入れられなかったからこそ

虹の石への想いは強く

その光り輝く様子を

ずっと忘れることはなかった

 

今でも虹の石がつくりだす光りを

私の中に持っている

 

 

(c) 2008 あわやまり

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