2017/11/03
お話のような
「黒い魚の予言」
電車の窓の外側に
黒っぽい魚がくっついていた
人もほとんど周りにいないので
わたしが車内からコンコンと
窓をたたくと
一生のうちに見られるかわからない
空の光る輪を見にきたのです
はい、海をずっと泳いで
今日は雨ですので
こうやって移動できます
ただ、間に合うかどうか
まだ南へ進まなくてはいけません
それに、わたしの目で
見られるかどうかが
はい、それが心配です
と魚は言った
そうか明日は
皆既日食なんですね
わたしだって
見られるかどうか
と言うと
あなたの指にはめている
光る輪は見えますよ
と返すので
わたし指輪なんてしてないですよ
なんにも付けていないし
と指を見る
確かに何もないのだ
いえ、見えますよ
光っていますよ
ああ、はい
先のことかもしれないです
今見えている星の輝きは
昔消えた星のものだと言いますが
太陽の光り輪のことが近くですので
先のことが見えたのかもしれないです
はい、多分ですけど
はあ、そうですか
ではここらへんで失礼を
と言って魚は
バンっと窓を蹴って
多摩川に飛び込んで行った
どの指に光っているのか
聞くのを忘れた
(c) Mari Awaya 2010
私家版「今日、隣にいたひと」より
2017/11/03
お話のような
「井の頭線と宇宙人」
オレンジの宇宙人が
シルバーシートに座っている
目は六つもあるのに
「優先席」が読めないのか
おじいさんが前にいるけれど
席をゆずらない
口を大きく開けていて
全部で三十本くらいある歯が見える
いぃ~いぃぃ~いいぃ~
と聞いたことのないメロディーを
歌っている
生まれ星の歌なのか
星に帰りたいのか
六つの目に
涙をうかべて
(c) Mari Awaya 2009
手製本「不思議ないきもの」より
2017/11/03
お話のような
「一年前のつらいこと」
夕暮れどき
雨戸を閉めようとしたら
天狗が持つような葉っぱの下に
あめあめこぞうが立っていた
あ、久しぶりだね
私が話しかけると
うん、また来たよ
この前のこと、まだつらい?
と聞く
私はふと考えてしまう
この前?
つらいこと?
そうだ
この子と前に会ったときは
つらいことを抱えていて
泣いてばかりいた
でもそれは 一年前のこと
今ではもう つらくない
あの痛みを懐かしく思うくらい
もうつらくないよ
時が流れるのって、すごいね
と私が言うと
あめあめこぞうはおかしな顔をして
そうかな すごいの?
よくわかんないけど
つらいのがたまっていくより
いいね
と言う
そして
またしばらく遊んでね
と言ってから
隣の庭に走って行った
きれいに咲いている
水色のあじさいが
わさわさっと揺れた
(c) Mari Awaya 2008
手製本「あわやまりのひとしずく」より
2017/11/03
お話のような
「しみ」
カーディガンにこぼした
お好み焼きのソースのしみが
かばんの中でしゃべるので
うるさくてたまらない
はやくとって
はやくはやく
はやくとって
はやくはやく
私はたまりかねて
カーディガンをとりだして
トイレへ行って
しみをごしごし石鹸で洗った
しみは
ふー、きえていくぅー
きえますよー
と小さいこえで言った
すこし落ち着いて
席にもどって
友達とぺちゃぺちゃしゃべっていたら
私の中に最近できた黒いしみも
だんだん、ちょっとづつ
小さくなっているようだった
はやくはやく
消えてほしいとは思うけれど
これはもう
ほかのことに集中するか
時の流れにまかせるか
するしかない
そうしていたら、じきに
この類のしみなんて
消えているのだから
ほーら、みてな
消えちゃうんだから
(c) Mari Awaya 2007
私家版「ぽちぽち、晴れ」より
2017/11/03
お話のような
「抜け殻部長」
抜け殻部長は今日も電話の取り違えをした
それから
話し掛けてもなかなか反応がなかったり
渡す原稿を間違えたりもした
私がこの会社に来たのは二か月前だけれど
その時すでに抜け殻部長はここにいた
今日夕方過ぎ
帰り道が一緒の佐々木さんは
座れない電車の中で
本当にもう、いやになっちゃう
と愚痴をこぼした
抜け殻部長の下で働く人なので
色々と大変なことも多いらしい
私はあまり抜け殻部長のことを知らないので
はい、ふうん、と
うなずいているだけ
たばこばっかり吸いにいっちゃって
帰る時もすーっと音を立てずに帰っちゃうし
ほんとう、もう
電車がカーブでぎゅうんと揺れる
抜け殻部長の中身の方は
今どうしているんですか
私は帰り道で初めての長い言葉を発する
しらない
どっかにいるでしょうけど
いいのよどこにいたって
こっちは抜け殻部長がしっかりしてくれれば
ぼうっと遠くを見つめて
煙草を吸う抜け殻部長が一瞬よぎる
電車が速度を落とす
キイキイキイキイ プシュー
じゃあお疲れさま
佐々木さんは電車を降りて行く
はい、お疲れさまでした
電車が動いてトンネルに入ると
私は窓に映る自分の顔を
じいっと見た
私の抜け殻は
今頃どうしているだろうか
多分抜け殻部長のように
誰かに迷惑をかけたり
怒らせたりしているのかもしれない
私は目を、ぎゅうっとつぶった
キイキイキイキイ プシュー
背筋を伸ばしてホームへ降りる
今日の風は
少し甘いにおいがした
(c) Mari Awaya 2005
手製本「帰り道」私家版「今日、隣にいたひと」より
詩集「記憶クッキー」はこちらから→
2017/11/03
お話のような
「池と色作り師と何者か」
私のおかかえの色作り師が
ある時 もう色を作りたくないと言ってきた
なんでも 最近の色が
どうにもこうにも暗い色ばかりで
それに付け加えて作ったところで
誰も見ないと言うのである
色作り師の仕事は
発色場の池で発生した色を
自分で集めた色の素から
混ぜ合わせて作って
それを私に送ってくる事
けれども
どんな腕のいい色作り師が作っても
池と全く同じにすることは
出来ないのが現実だった
どうしたことかしらと
今度は発色場へ行ってみると
いくつかある小さな池のほとんどに
木で蓋がしてあるのだった
二、三蓋のしていない池の色は
色作り師が言うように
どれも暗く重かった
私が送られた色を
なかなか誰かに渡さないから
あるいは
誰も貰ってくれないからか
それともそんなやり取り自体が
意味なく思えてしまったのか
何者かがこうして 蓋をしたのだ
他の人はどうなのだろうと
思ったけれどもそれを知るには
やはりその人から貰った色で
推測するより手はないのだった
私は池の中やら
その周辺やら
まったく離れた山の方まで
蓋をした者
あるいは
色を変えている何者かを
探しに行った
けれどもそいつは絶対にいるのに
姿を見せはしないのだった
池は日に日に変わって
色も変わるし
蓋もあったりなかったり
そんなようなので
私は何者かを探すのはやめにして
とにかく色作り師からもらった色を
大切に持って
それを本当にあげたい人だけに
惜しまずあげる事にした
何者かはきっと
私にも誰にも
見つかってはいけない
逃げ切れ 何者か
(c) Mari Awaya 2003
私家版「ビー玉を通った光り」「夜になると、ぽこぽこと」より
2017/11/03
お話のような
「ぼっち」
わたしもう
ひとりぼっちだ
これからもきっと
ひとりぼっちだ
ひとばん、ふたばん
ひとりぼっちで
ふとんかぶって寝ていたら
みっかめの昼に
ちょっとちょっと
とふとんをひっぱるやつがいる
見てみるとちいさな
ほわほわしたいきもの
ぼくはぼっちです
ひとりになった人についてきます
だから、まあ
ひとりの人も
ほんとうのひとりではないんです
ぼく、幸か不幸か
人に好かれてしまうんで
だからひとりの人はずっと
ひとりではいられないんです
まあ、信じられなくてもみていてください
そのうちわかります
ひとりの人にはぼくがついてます
と言ってわたしの耳から
ぼぉっと入ってきた
おかしなゆめと思って
またふとんかぶったけど
ほんとうだったらいいな
ほんとうにずっとは
ひとりぼっちじゃない気がするな
そう思えてきて
こころすこし明るくなった
(c) Mari Awaya 2009
「ぼくはぼっちです」あわやまり(たんぽぽ出版)に収録