あわやまりあわやまり

詩

2019/11/08

「ごそごそ道」

昔うちの裏に

空き地があって

木や雑草が

ぼうぼうに生えていた

 

そこに

ごそごそ道という道があった

 

そこはうちの人しか通らない

おばあちゃんと姉と私

あとのら猫も通っていた

 

道のないところを

ごそごそいわせながら

歩いていくから

ごそごそ道

 

その道を通っていけば

八百屋にも

クリーニング屋にも

公園にも

近道して行かれる

 

今はもう

家が建って

なくなってしまったけれど

おばあちゃんと手をつないで

ごそごそ

ごそごそ

いわせて

歩いたあの道が

まだどこかに

あるような気がするよ

 

 

(c) あわやまり

詩集「線香花火のさきっぽ」より(他の詩も読める特設ページへ→)

2019/10/28

「片割れ」

いろんなものを日々

なくしながら生きている

なくしたと気づくものもあれば

なくしたことさえ

分からずにいるものもある

 

一昨日イヤリングを片方落とした

とても気に入っているものだったので

使った電車の沿線にある遺失物窓口に行ってみた

イヤリングの特徴を細かく伝えると

男性の職員さんは

ちょっとお待ちくださいと言って奥へ消えた

待つこと10分

男性はプリントアウトした紙を5、6枚持って来た

 

それはこの3日間に

東京の地下鉄で落とされた

迷子のイヤリング97個の記録だった

 

誰かが

買ったばかりでうきうきと

あるいはいつものように

自分の一部として身につけ

きっと右と左が対で

そのどちらかがここに記されている

 

イヤリングたちは

暗い保管室の中でささやき合う

 

迎えに来てくれるかしら

もう一度会えるかしら

 

けれど私は

そのリストから自分のイヤリングを

見つけることは出来なかった

そこには色と素材が書かれているくらいで

自分のものだとは特定出来なかったのだ

 

そのものを見たら

すぐに分かるのに

 

きっと出逢えたら

すぐに分かるのに

 

なくしたことさえ忘れて

求め探しているのかもしれない

この入り組んだ

地下鉄のような迷路で

 

 

(c) あわやまり

2019/10/25

「みのむし」

みのむし、と言えば

ひとつだけ思い出すことがある

 

小学校低学年のとき

わたしは体が弱く

ちびでやせっぽっちで

食も細く

給食はいかに少なく盛ってもらうかを

一番に考えているような子だった

 

そのころ

理科の宿題で

みのむしをとってくる

と言う宿題がでた

 

そのときの担任の先生は

痩せていて背が高く

女の先生で

とても厳しい人だった

 

ある時などは

校外学習でおにぎりを持参するように言われ

おにぎりだけだと言われたのに

わたしの母が漬物を添えたのを見て

おにぎりだけと言いましたよ!

と指摘するほどの人だった

 

さておきわたしは

今も昔も虫は大嫌い

みのむしなんて探すのも嫌だったけれど

早朝に母について来てもらい

やっと見つけた

ちびでやせっぽっちのみのむし

 

それで何をするのかと思ったら

みのを切って

中の虫を取り出すと言うのである

わたしはぞっとした

とても出来ないと思った

ほとんど泣きそうだった

逃げ出したかった

 

あまりにショックで

どうやってやったのか覚えてないのだけど

(たぶん誰かにこっそりやってもらったのだと思う

隣の席の男の子とかに)

何とかしてみのを切ると

中には小さなかたまりが

動かないでいた

こわいから

よく見られなかった

 

きっとそのみのむしは体が弱く

少食で大きくなれなかったのだ

 

その後

人より遅れて成長期を向かえ

周囲も驚くほどの食欲で

すくすくと大きくなったわたし

みのむしを見ると

あの宿題と先生と

ちびだったころのことを

思い出す

 

 

 

(c) あわやまり

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