あわやまりあわやまり

詩

2020/01/11

「目の前のおじさん」

空いている電車で
私の前に座るおじさん
リュックを抱え
目をつぶっている

 

おかげで
私が泣いていることには
気がつかないようだ

 

じっとしていて
動かないし
よく見ていると
悟ったような顔をしていなくもない
穏やかな顔をして目を閉じており
神か仏の化身かもしれない

 

もしかしてこのおじさんは
私の全てを知っていて
泣きなさい
と無言で
言ってくれているのかも

 

おじさん
と心の中で呼びかけた時
おじさんは目を開け
素早く電車を降りて行った

 

神か仏か、人間かもしれないけれど
私を許してくれているように

思えた

 

 

(c) 2018 あわやまり

2020/01/08

「トイレに書かれていたもの」

あるトイレの

トイレットペーパーの上に

『本来の目的以外には使用しないこと』

と書いてあった

 

トイレを出て

階段を降りて

駅へ向かって

電車に乗って

本来の目的について

考える

 

電車に乗っている人たちを

ひそかに、見回す

 

たぶん、みんな

トイレットペーパーの

本来の目的は分かる

 

けれども

例えば、みんな

自分自身の本来の目的

というものを

知っているのだろうか

 

 

 

(c) 2010 あわやまり

2019/12/29

「足音」

寒くなったので

夏のスリッパから

もふもふしていて

中側があたたかいスリッパに変えたら

 

やっぱり音が違いますね
と言われた

 

よろこびも
かなしみも
良い予感も
嫌な予感も
きっとそれぞれ
違う足音をたてて
近づいてくるんだろう

 

それを聞き分けられるほど
私の耳は
良くないのだろうけれど
今だって、きっと

 

 

(c) 2019 あわやまり

2019/11/30

「虹の石」

小学校のころ

時々出店のおじさんがやって来た

小学校の前の坂を下ったところに

台の上に魅力的な品々を並べて

下校してくる生徒を待っているのだ

 

めんこ

スーパーボール

煙がでるカード

階段を勝手に降りるバネ

 

小学生の私達にとっては

どれも魅力的だった

 

中でも私がとりわけ魅了されたのは

クリスタルだった

太陽にかざすと七色に光って

虹を自分ひとりのものにできる気がした

 

その虹の石が

どうしても欲しかった

けれども私の家は小学校から

子どもの足で片道三十分

帰っておばあちゃんにおねだりしても

小学生には高い買いものに

なかなかいいよと言われず

やっとおこずかいをもらえて

三十分かけて小学校に戻ると

出店のおじさんはもういないのだった

 

毎回そんなことの繰り返し

結局虹の石を手に入れることはできなかった

 

でも手に入れられなかったからこそ

虹の石への想いは強く

その光り輝く様子を

ずっと忘れることはなかった

 

今でも虹の石がつくりだす光りを

私の中に持っている

 

 

(c) 2008 あわやまり

2019/11/08

「ごそごそ道」

昔うちの裏に

空き地があって

木や雑草が

ぼうぼうに生えていた

 

そこに

ごそごそ道という道があった

 

そこはうちの人しか通らない

おばあちゃんと姉と私

あとのら猫も通っていた

 

道のないところを

ごそごそいわせながら

歩いていくから

ごそごそ道

 

その道を通っていけば

八百屋にも

クリーニング屋にも

公園にも

近道して行かれる

 

今はもう

家が建って

なくなってしまったけれど

おばあちゃんと手をつないで

ごそごそ

ごそごそ

いわせて

歩いたあの道が

まだどこかに

あるような気がするよ

 

 

(c) 2008 あわやまり

詩集「線香花火のさきっぽ」より(他の詩も読める特設ページへ→)

2019/10/28

「片割れ」

いろんなものを日々

なくしながら生きている

なくしたと気づくものもあれば

なくしたことさえ

分からずにいるものもある

 

一昨日イヤリングを片方落とした

とても気に入っているものだったので

使った電車の沿線にある遺失物窓口に行ってみた

イヤリングの特徴を細かく伝えると

男性の職員さんは

ちょっとお待ちくださいと言って奥へ消えた

待つこと10分

男性はプリントアウトした紙を5、6枚持って来た

 

それはこの3日間に

東京の地下鉄で落とされた

迷子のイヤリング97個の記録だった

 

誰かが

買ったばかりでうきうきと

あるいはいつものように

自分の一部として身につけ

きっと右と左が対で

そのどちらかがここに記されている

 

イヤリングたちは

暗い保管室の中でささやき合う

 

迎えに来てくれるかしら

もう一度会えるかしら

 

けれど私は

そのリストから自分のイヤリングを

見つけることは出来なかった

そこには色と素材が書かれているくらいで

自分のものだとは特定出来なかったのだ

 

そのものを見たら

すぐに分かるのに

 

きっと出逢えたら

すぐに分かるのに

 

なくしたことさえ忘れて

求め探しているのかもしれない

この入り組んだ

地下鉄のような迷路で

 

 

(c) 2017 あわやまり

2019/10/25

「みのむし」

みのむし、と言えば

ひとつだけ思い出すことがある

 

小学校低学年のとき

わたしは体が弱く

ちびでやせっぽっちで

食も細く

給食はいかに少なく盛ってもらうかを

一番に考えているような子だった

 

そのころ

理科の宿題で

みのむしをとってくる

と言う宿題がでた

 

そのときの担任の先生は

痩せていて背が高く

女の先生で

とても厳しい人だった

 

ある時などは

校外学習でおにぎりを持参するように言われ

おにぎりだけだと言われたのに

わたしの母が漬物を添えたのを見て

おにぎりだけと言いましたよ!

と指摘するほどの人だった

 

さておきわたしは

今も昔も虫は大嫌い

みのむしなんて探すのも嫌だったけれど

早朝に母について来てもらい

やっと見つけた

ちびでやせっぽっちのみのむし

 

それで何をするのかと思ったら

みのを切って

中の虫を取り出すと言うのである

わたしはぞっとした

とても出来ないと思った

ほとんど泣きそうだった

逃げ出したかった

 

あまりにショックで

どうやってやったのか覚えてないのだけど

(たぶん誰かにこっそりやってもらったのだと思う

隣の席の男の子とかに)

何とかしてみのを切ると

中には小さなかたまりが

動かないでいた

こわいから

よく見られなかった

 

きっとそのみのむしは体が弱く

少食で大きくなれなかったのだ

 

その後

人より遅れて成長期を向かえ

周囲も驚くほどの食欲で

すくすくと大きくなったわたし

みのむしを見ると

あの宿題と先生と

ちびだったころのことを

思い出す

 

 

 

(c) 2014 あわやまり

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