2017/11/03
恋とか愛とか
あなた 知らないでしょ
あなたとの電話切ったあと
私がやっていること
私 口が開かないから
しごく原始的な装置で
(木でできた大きな洗濯ばさみみたいので)
口を開くようにしているの
そんなことは
別に知らなくてもいいのだけどね
でもあなた 知らないでしょ
電話先に切られるの 嫌だから
いつも私から
じゃあねって言ってるの
もっともっと話していたいけど
ほら 口開くように
練習しなくちゃならないし
私から切るの
なんてね うそだけど
あなたの最後に言う
おやすみが
あの頃みたいに
毎日聞けたらなって思うよ
(c) Mari Awaya 2008
手製本「氷のラブレター」、詩集「あなたに好き、と言う以外は」より
2017/11/03
元気のないとき
お好み焼きを焼くというので
私はホットケーキが食べたいと
ちょっと気取って
英語で言ったら
間違えて
I want to be a pancake!
私はホットケーキになりたい!
と言ってしまった
でもホットケーキは
ふわふわで温かくて
嫉妬も悲しみも
含んでいないだろうから
私はホットケーキに
なってもいいな
(c) Mari Awaya 2008
手製本「氷のラブレター」、詩集「あなたに好き、と言う以外は」より
2017/11/03
恋とか愛とか
最近
朝方になると声がする
寝ぼけているので夢の中のことかと思うが
どうやら外から聞こえるようである
あんたのこと、
好きよ
一生、
好きよ
それを繰り返す
朝っぱらから
どんな人が言っているのだろうかと思うけれど
布団から出たくないので
またうつうつと眠りにつく
ある日
駅から十分くらいのところにある
コンビニの掲示板に
「ピアノ教室生徒募集」
「家庭教師やります」
の張り紙といっしょに
「探しています」
の張り紙を見つける
青いインコです
頭や肩にのります
名前はチュー吉です
よく言う言葉は
「あんたのこと、好きよ」
と書いてあった
おお、こいつが声の主か
と納得し
チュー吉の写真をしばらくながめて
連絡先をメモして帰った
夜寝る前に
明日の朝チュー吉を驚かせないよう
ベランダの雨戸をちょっと開けた
ベットに横になって
あんたのこと、
すきよ
一生、
すきよ
声に出して言った
頭に浮かんできた「あんた」は
私のことをすきにはなってくれない人
でも、
あんたのこと、
すきよ
多分ずっと、
すきよ
心の中で言って
電気を消した
(c) Mari Awaya 2007
手製本「氷のラブレター」、私家版詩集「あなたに好き、と言う以外は」より
2017/11/03
お話のような
カーディガンにこぼした
お好み焼きのソースのしみが
かばんの中でしゃべるので
うるさくてたまらない
はやくとって
はやくはやく
はやくとって
はやくはやく
私はたまりかねて
カーディガンをとりだして
トイレへ行って
しみをごしごし石鹸で洗った
しみは
ふー、きえていくぅー
きえますよー
と小さいこえで言った
すこし落ち着いて
席にもどって
友達とぺちゃぺちゃしゃべっていたら
私の中に最近できた黒いしみも
だんだん、ちょっとづつ
小さくなっているようだった
はやくはやく
消えてほしいとは思うけれど
これはもう
ほかのことに集中するか
時の流れにまかせるか
するしかない
そうしていたら、じきに
この類のしみなんて
消えているのだから
ほーら、みてな
消えちゃうんだから
(c) Mari Awaya 2007
私家版「ぽちぽち、晴れ」より
2017/11/03
やさしくてあたたか
葉っぱが茶色くなって
カサカサになって
パリパリになって
こなごなになって
土になっていきました
今ある土も
長い時をかけて
葉っぱさんだか
お花さんだか
虫さんだか
わかりませんが
土になったんだなぁ
と思いました
人もそうやって土になりますね
私もいつか、なりますね
でもまだゆっくりと
まだゆっくりと、時をかけて
(c) Mari Awaya 2006
手製本「眠って眠って、春」より
2017/11/03
やさしくてあたたか
遠くの橋の上を
一台のトラックが走っています
辺りは夕焼けで
だいだいに染まっています
あのトラックの中には
きっと明日が積まれている
あのトラックはそれを大切に
橋の向こうへ運ぶのです
だいだい色の世界の中を
まだ染まっていない明日を乗せて
(c) Mari Awaya 2005
手製本「日々のしずく」より
2017/11/03
お話のような
抜け殻部長は今日も電話の取り違えをした
それから
話し掛けてもなかなか反応がなかったり
渡す原稿を間違えたりもした
私がこの会社に来たのは二か月前だけれど
その時すでに抜け殻部長はここにいた
今日夕方過ぎ
帰り道が一緒の佐々木さんは
座れない電車の中で
本当にもう、いやになっちゃう
と愚痴をこぼした
抜け殻部長の下で働く人なので
色々と大変なことも多いらしい
私はあまり抜け殻部長のことを知らないので
はい、ふうん、と
うなずいているだけ
たばこばっかり吸いにいっちゃって
帰る時もすーっと音を立てずに帰っちゃうし
ほんとう、もう
電車がカーブでぎゅうんと揺れる
抜け殻部長の中身の方は
今どうしているんですか
私は帰り道で初めての長い言葉を発する
しらない
どっかにいるでしょうけど
いいのよどこにいたって
こっちは抜け殻部長がしっかりしてくれれば
ぼうっと遠くを見つめて
煙草を吸う抜け殻部長が一瞬よぎる
電車が速度を落とす
キイキイキイキイ プシュー
じゃあお疲れさま
佐々木さんは電車を降りて行く
はい、お疲れさまでした
電車が動いてトンネルに入ると
私は窓に映る自分の顔を
じいっと見た
私の抜け殻は
今頃どうしているだろうか
多分抜け殻部長のように
誰かに迷惑をかけたり
怒らせたりしているのかもしれない
私は目を、ぎゅうっとつぶった
キイキイキイキイ プシュー
背筋を伸ばしてホームへ降りる
今日の風は
少し甘いにおいがした
(c) Mari Awaya 2005
手製本「帰り道」私家版「今日、隣にいたひと」より
詩集「記憶クッキー」はこちらから→
2017/11/03
いろいろ考える
凧上げをしに行って
あげるばかりじゃつまらないから
自分が凧になってみました
大空高く
ツイーツツツー
風に乗って
ふわんふわわん
そうしていたところに
大きな風にぶつかって
私は激しくぐるぐると回ってしまいました
はっと思って下を見ますと
大変 糸が切れていたのです
その糸がその時切れたのか
あるいははじめから繋がってなどいなかったのか
それは分かりませでした
けれども
大きな風にぶつかると
自分は本当に繋がっているのか
あるいは自分は本当は誰と繋がっているのかが
分かるということを知りました
(c) Mari Awaya 2005
手製本「帰り道」、詩集「ぼくはぼっちです」より
2017/11/03
お話のような
私のおかかえの色作り師が
ある時 もう色を作りたくないと言ってきた
なんでも 最近の色が
どうにもこうにも暗い色ばかりで
それに付け加えて作ったところで
誰も見ないと言うのである
色作り師の仕事は
発色場の池で発生した色を
自分で集めた色の素から
混ぜ合わせて作って
それを私に送ってくる事
けれども
どんな腕のいい色作り師が作っても
池と全く同じにすることは
出来ないのが現実だった
どうしたことかしらと
今度は発色場へ行ってみると
いくつかある小さな池のほとんどに
木で蓋がしてあるのだった
二、三蓋のしていない池の色は
色作り師が言うように
どれも暗く重かった
私が送られた色を
なかなか誰かに渡さないから
あるいは
誰も貰ってくれないからか
それともそんなやり取り自体が
意味なく思えてしまったのか
何者かがこうして 蓋をしたのだ
他の人はどうなのだろうと
思ったけれどもそれを知るには
やはりその人から貰った色で
推測するより手はないのだった
私は池の中やら
その周辺やら
まったく離れた山の方まで
蓋をした者
あるいは
色を変えている何者かを
探しに行った
けれどもそいつは絶対にいるのに
姿を見せはしないのだった
池は日に日に変わって
色も変わるし
蓋もあったりなかったり
そんなようなので
私は何者かを探すのはやめにして
とにかく色作り師からもらった色を
大切に持って
それを本当にあげたい人だけに
惜しまずあげる事にした
何者かはきっと
私にも誰にも
見つかってはいけない
逃げ切れ 何者か
(c) Mari Awaya 2003
私家版「ビー玉を通った光り」「夜になると、ぽこぽこと」より
2017/11/03
お話のような
わたしもう
ひとりぼっちだ
これからもきっと
ひとりぼっちだ
ひとばん、ふたばん
ひとりぼっちで
ふとんかぶって寝ていたら
みっかめの昼に
ちょっとちょっと
とふとんをひっぱるやつがいる
見てみるとちいさな
ほわほわしたいきもの
ぼくはぼっちです
ひとりになった人についてきます
だから、まあ
ひとりの人も
ほんとうのひとりではないんです
ぼく、幸か不幸か
人に好かれてしまうんで
だからひとりの人はずっと
ひとりではいられないんです
まあ、信じられなくてもみていてください
そのうちわかります
ひとりの人にはぼくがついてます
と言ってわたしの耳から
ぼぉっと入ってきた
おかしなゆめと思って
またふとんかぶったけど
ほんとうだったらいいな
ほんとうにずっとは
ひとりぼっちじゃない気がするな
そう思えてきて
こころすこし明るくなった
(c) Mari Awaya 2009
「ぼくはぼっちです」あわやまり(たんぽぽ出版)に収録